2月になり、立春を迎えて日差しは、春の訪れを感じさせてくれます。けれど、まだまだ寒さは厳しい中にあります。先日、「梅の花が咲いている…」と言われて、初めて梅の花に気付きました。促されなければ、もしかしたら今年の春は、梅の花を見ないままに過ぎてしまったかも知れません。そんなふうにして見過ごしてしまっている景色がたくさんあるのでしょうね…。忙しさ、心配事に流されがちな毎日ですが、私たちが気付かぬ所にある恵みの営みに気付かせてくれる声が、あなたにもありますように。キリストの平和があなたがたの心のすみずみにまで行きわたりますように。
マタイ福音書6章26節「見なさい、天の父を」
心配事で息が詰まるような時があります。今がまさにそんな時かも知れません…。心配事で、行く先が、明日が見えないように感じて、苦しくなってしまいます。心配事しか目に入らなくなっています。まだ何も起こっていないのに…。
「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか」
私は、心配事でどうしようもなくなった時、よく空を見上げます。すると、自然に大きく息を吸って、深呼吸するようになります。新鮮な空気を吸って、溜息を付くように息を吐くと、なんだかスッキリした気持ちになります。「空の鳥をよく見なさい…」イエス様は、私たちに空を見上げ、空を飛んでいる鳥を見なさいと…。空を飛んでいる鳥のことを考えなさいと言いません。「よく見なさい」と言わるのです。実は、鳥が飛んでいるかどうかは、それほど重要ではないのではないかと思います。イエス様が「よく見なさい」と言われたのは、鳥ではなく、「天の父」です。「よく見なさい。たとえ鳥が飛んでいなくても、空を見上げ、天を見上げ、天の父、神様を見なさい…。鳥たちを、今日も生かし、守り養っておられる天の父を見なさい」と言われるのです。
「よく見なさい…(注目して、心を向けて)」あなたは今、何を見ていますか。私たちには、色んなものが見えています。けれど、その中から、何かを選んで見ようとしています。一生懸命に心配事を見つけて、それを見つめます。悪いことを探して、見つけ出すのが得意です。けれど、私たちは、見ることが出来ます。あなたを愛して、いのちを与え、守り、助けて下さる神様を見ることが出来るのです。
イエス様は、空の鳥を指さして言っておられます。「よく見なさい。見えるだろう。天の父が。鳥たちを愛して、生かしておられる方が…。あなたには、価値がある。天の父に愛されている大切な人だ」
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